2017年厚生労働省の統計によると、気分障害(躁うつ病を含む)の患者数は約127万人で、そのうちうつ病患者は約96万人と推計されており1)、疫学調査の結果からは生涯のうちに13-15人に1人がうつ病にかかると言われています2)。
うつ病治療では、抗うつ薬などの薬剤を用いた治療が中心となりますが、およそ3割の患者さんは薬剤に反応しないというデータもあります4)。
日本うつ病学会治療ガイドラインでは重症度などを考慮したうえで抗うつ薬の単剤使用から治療を開始し、十分な効果が得られない場合には抗うつ薬の変更や他剤による増強を行うことを推奨しています。しかしながら、海外大規模臨床研究(STAR*D 研究)の結果の通り、第一剤目に選択した抗うつ薬による寛解率は36.8%に留まり、第二選択、第三選択及び第四選択治療を経ても累計寛解率は67%4)と、複数の抗うつ薬による治療を試みても十分な効果が得られない患者さんが一定数存在し、標準治療薬の効果にも限界があることが臨床的な課題と言われています5)。
最重症や自殺念慮が強く生命に危険がある患者さんを対象として、電気けいれん療法(ECT: Electro Convulsive Therapy)が行われることもあります。ECTでは即効性と高い奏効率や寛解率が得られるものの 6)、筋弛緩薬を用いて全身麻酔下で行う修正型ECTの導入により安全性が高まってなお、一過性の高血圧やせん妄、記憶障害などの副作用、症状再燃のリスクを伴います7)。また麻酔担当医の協力体制を要するなど、ECTが実施できる施設は限られています。
反復経頭蓋磁気刺激(rTMS:repetitive Transcranial Magnetic Stimulation)治療は、2019年6月より保険診療が認められた新しい治療法で、薬剤に反応しないうつ病患者さんにも有効な治療法であると考えられています。
rTMSはパルス磁気を使って脳内の神経細胞を非侵襲的に刺激する方法です。専用のコイルを頭にあてて瞬間的に高電流を流すと、コイルの周りに磁場が生まれます(ファラデーの電磁誘導)。この磁気エネルギーが脳内に局所的な電流を誘導し、特定の神経細胞群が刺激されます。
rTMSではコイルにより刺激領域のパターンが異なります。8の字型のコイルでは、コイルの中心部分の直下に最も大きな誘導電流が生じるため、コイルの中心部分を局所的に刺激します。一方で、Hコイルは立体的に配置されたワイヤによって誘発された電場を空間的に加重することで,減衰を起こしにくくなり、大脳皮質を広範囲に刺激します。
従来は、神経生理学的領域の検査方法として利用されてきましたが、10-20Hz の高頻度刺激が皮質興奮性を増強することから、精神神経疾患の治療方法として応用されるようになりました。なかでも、うつ病を対象とした臨床研究は数多く報告されています。2008年には、米国、オーストラリア及びカナダで実施された多施設共同二重盲検化試験の結果を踏まえて、米国で薬剤に反応しないうつ病患者に対する治療機器として承認を受けています。米国、カナダ、オーストラリアのうつ病治療ガイドラインでは、rTMSが薬剤で十分な治療効果が得られないうつ病患者さんに対する治療選択肢の一つとして推奨されています。
海外臨床試験成績のメタ解析から、うつ病患者に対するrTMS治療の効果量は0.39~0.55と中等度であり、薬剤治療と遜色ないものであると考えられています。一方で、短期的な治療効果は電気けいれん療法(ECT)より小さいことが示されています3)8)9)。rTMS治療後の治療奏効率は30~40%で、寛解率が15~30%と報告されています9)。
rTMS の一般的な副作用としては、刺激部位の痛みや不快感、頭痛などがあります。 いずれも刺激中に認められ、刺激後も持続することはまれです。重篤な副作用としては、けいれん発作の誘発があります。けいれん発作の頻度は、0.1%未満であると報告されています9)。
本邦では2017年9月に「NeuroStar TMS 治療装置」が治療用の医療機器として初めて承認されました。適応は既存の抗うつ薬治療で十分な効果が認められない成人のうつ病患者となっています。その後、2019年1月には「Brainsway TMS システム」も同じ適応で承認を受けています。2019年6月からは、承認医療機器を用いたrTMS治療が保険診療として認められています。
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